ご来院の際はご予約下さい TEL:054-637-2345

ここ藤枝市に開業して20年以上経過しました。

開業当時の写真があるので紹介します。

現在の外観しか知らない方はびっくりすると思います。

今の診療所は写真の建物の屋根を取っぱらい周りに基礎を作り直し増築した物なのです。

当時を振り返ってみますと、若い世代の先生方には想像できないような本当に苦労した開業でした。もし、過去に戻れたとしたらここでは絶対に開業しないでしょう!(笑)

私の実家は静岡県東部にあり、歯科医院としては3代目になります。実家は兄が引き継ぎましたので色々考えた中での藤枝市での開業でした。

開業するにあたり、同業団体に所属する事は歯科医師を継承している家系の中では当たり前のように考えていました。しかし・・・・。

その条件として(周りの先生を刺激しないように)次の縛りを受け入れなければいけませんでした。

・開業する土地にあらかじめ看板や「歯科医院」の建築案内を出してはいけない。開業後もしばらくは目立つ看板を設置してはいけない!(なんの為の看板なのでしょうね?)

・新聞等の案内広告は開業の前日までしてはいけない。案内の内容と診療所の設計図面を前もって会に提出し許可を取る事!(もちろん内覧会などできませんし、今のようにインターネットでホームページ案内などできません。)

・平日診療は午後7時には終了する事(周りの先生は遅くまで診療しているのに・・・)。日曜日や祝日は診療してはいけない。

・代診の歯科医師を雇用してはいけない。

・会の会合や行事には特別な理由が無い限り全て出席する事!

などなど・・・。

開業に協力してくれた歯科ディーラーの地区担当の支店長には当初は「あるふぁ歯科の開業を手伝うなら志太地区の歯科医院は今後取引をしない!」とまで圧力を掛けていたそうです。(同団体はその後この事実を否定していますが・・・。)当時の同業団体の理事の方々には私の名刺も受け取ってもらえませんでした。

ディーラーの担当者は「あなた方より長年実家の歯科医院で父や祖父にお世話になった恩があるから手を引かない!」と突っぱねてくれました。

一般的には開業前に近隣の住民に様々な方法で案内し予約を埋めて、開業当日には診療を始めるのが鉄則です。

私の歯科医院は経営が軌道に乗るまで10年くらい掛かりましたよ・・・。

今となっては笑い話ですが、卒業大学の先輩には「よく潰れなかったな!」と言われた事もあります。

現在の同業団体にも“紳士協定”と呼ばれる謎のルールが多少残ってはいますが世の中の考えや仕組みが変わり若い世代の先生方は開業しやすくなりました。

私としては羨ましい限りです。

歯科医院の数は全国で膨大に増えつつありますが、団体に所属しない歯科医師が藤枝市でも増えて来ました。しかし、増えすぎたからこそ業界内で統率を取り安定した経営ができるように相互工夫をしなければいけない事も事実です。

“サル山の大将”で「自分の診療所だけ流行ればいいや!」の考えを無くし、充実した地域医療への貢献ができるように努めたいものですね。

歳を取った私も老害にならないように・・・。

当時、名刺を受け取ってくれなかった先生方とも今は仲が良いですよ!

持病がある私の身体も会うたびに心配してくれます。

自分の考えが違っていても組織にとっては“嫌われ者役”にならなければいけない立場があるのは理解できますから・・・。

 

経営が大変だった理由は他にもあります。

それは“他とは違う歯科医院”を目指していたからです。

そのお話はまた次の機会に・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返信コメントを残す